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夏のビジネスウエア
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こんにちはikeです。


大規模なオフィスビルがあるターミナル駅では、朝の通勤時間帯に巨大な人の流れが出来るものだ。
品川駅の場合には港南口にはオフィスビルが何棟も建っていて、品川インターシティなどの大型のオフィスビルに向かう人の流れがすごいよね。
その様子を遠くから眺めていると、寒い時期は真っ黒い川が流れているように見えるもんだ(笑)
それだけダークスーツを着たリーマンが多いって事なのである。
そんな風景も最近は白っぽくなってきたと思う。
上着を脱いで手に持っているからなんだろうね。

週末は初夏を通り越して真夏の陽気になったが、そろそろ道行く人たちの服装が明るくなってきた。
そろそろ夏物のジャケットなんぞを羽織って出勤するリ−マンが増えてきたからなのだろう。
日本の夏は地獄のような暑さだから、さすがのリ−マンたちも黒っぽい服を着る気にならんのだろうね。
そう言えば、ここ数年は夏季限定でノーネクタイやノ−ジャケットという制度を始めた企業も増えてきたと思う。
まぁ、この考え方も合理的っちゃ合理的であろうが、私はどうにも納得できんのだ。
別にその合理性を否定するつもりは無いが、私は夏の暑い最中でも仕事とあらばジャケットを着るしネクタイも締めてしまうのである。
つまり、中途半端にク−ルビズなんて云う制度を押し付けられても納得できんわけだ。
どうせなら、完全にカジュアルウエアで出勤させればいいと思っているからである。
革靴にスラックスを履いて、半袖のYシャツなんてドレスコ−ドは何処にも無いじゃないか。
つまり、こんな珍妙な格好をするくらいなら、私は暑さを我慢してもジャケットを羽織りネクタイを締めるね。
暑さで死にそうになったら何処か喫茶店に飛び込めばいいだけじゃないか(笑)
まぁ、完全にカジュアルウエアが解禁になればそれが最高だと思うが、それはなかなか難しいだろう。
それならば、アロハシャツにビ−サンで出勤してもいいわけである。
いくら私がアロハ屋でも、そこまでは出来んわな(笑)
半袖のYシャツもカジュアルウエアとしてならいいけど、ビジネスフォ−マルとしては認められないと思う。
学生がストライプのBDシャツを着ているのとは違うだ。
つまり、妙な服装をするくらいなら、私は今まで通りの恰好で十分なのである。

夏の夕暮れに銀座を歩いていると、麻のジャケットを羽織った年配の男性を見かけたりするが、これはなかなか格好の良いものである。
恐らく若い頃から道楽をして、自分なりの着こなしが完成されているのだろう。
私はアロハシャツを羽織ってその姿を眺めているだけなのだが、私ごときのセンスでは真似出来んと思う。
この先輩くらいお洒落な方に、今のビジネスシーンでの着こなしを語ってもらいたいもんだよね。


| じじいの独り言 | 05:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
正体不明なオッサン
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こんにちはikeです


私は世間の基準で云えば『人生の落伍者』なのだろうが、それでものうのうと夜の巷を徘徊している。
いつの時代にも、こんな正体不明なオッサンは居るものだ。
私が子供の頃にも、町内には働かないでゴロチャラしているオッサンは何人も居た。
商店街の喫茶店はそんなオッサンたちで朝から賑わっていたのである。

私は過去に数回の人命救助をした事があるが、私が社会の役に立ったのはそれくらいである。
その結果として数名の人命が救われたのだから、私も多少は世間に貢献しているのかも知れん。
だがそれ以外では、私は社会のお荷物になっているような気がするね(笑)
どうも私は自分勝手な人間らしく、社会のルールに適合していないようなのである。
私は子供の頃から、そんな自分勝手な性格に気が付いていた。
これはけっこう残酷な現実である。
未来ある若者が、自分の性格は社会に不適合だと知ってしまったら人生に絶望するだろう。
つまり、私はいずれ破綻するとわかった上で、社会生活を送っていたわけだ。
自分を偽りながら25年もリーマンをしていたのだが、やっとそんな生活から抜け出す事が出来たのである。
そして48歳にして、晴れて正体不明なオッサンとしてデビューしたわけだ(笑)
そして、今では自分のルールに従って気楽に生きている。
社会との関わりあいは最低限で済むし、すべての行動は自分の意思で選べるのである。
これこそ自分に適合した生活なのだと思う。
だが、1つだけ問題がある。
ご町内のみなさんが、私の事を不審な目で見るのである(笑)
ある意味では当然だよね。
いつもアロハ姿でう町内をウロウロしているからである。
いくら『アロハ屋です』と説明してもわかってくれないんだよな。

繁華街には正体不明なオッサンはいくらでも居るのだが、郊外の住宅街ではまだ少数派である。
やはり目立つのだろう。
私は積極的に挨拶もするし、町会の仕事も積極的にするようにしている。
なので、ご近所は私が無害だとわかっていると思う。
正体不明なオッサンで居るのも大変なんだよね。


 

 

| じじいの独り言 | 07:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
9年前の体型
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こんにちはikeです


昨日は珍しくスーツを着て打合せに行ってきたのだが、やはりこの時期にスーツを着るのはツラいもんだ。
普段のアロハ姿が如何に楽かと思い知らされた次第である。
ただ、スーツで暑さに耐えた事により、ある事実に気が付いた。
わたしの体型は48歳の時から、まったく変わっていなかったのである。

昨日はイタ公が喜びそうなチェックのスーツを着てみたのだが、サマーウールのスーツを着るのは実に9年ぶりである。
その9年間には激しいアップ&ダウンがあり、一時期はアル中みたいな荒んだ生活を送っていた。
良い時期にはおベンツでヨットハーバーに通い、悪い時期には昼夜逆転の酒浸りだったのである。
そんな暮らしをしていた割りには、私のボディスペックは変わらなかったようだ。
一時期は不健康太りで体重が75圓泙覗えたが、今は70圓念堕蠅靴討い襦
体重さえ注意しておけば、このままの体型を維持できると思う。
それにしても、昔のスーツが無理なく着られるのは嬉しいもんである。
私は基本的にすべてのスーツを同じ寸法で誂えているので、何着か残ったスーツはすべて着られるわけだ。
私はアロハ屋のくせに、リーマン時代のスーツを未練がましく残しているが、これでもリーマンを引退する時にずいぶん処分したのである。
そして、お気に入りだけが残った。
今では着るチャンスもなくなってしまったが、それでも何故か棄てる事が出来ないもんだ。
まぁ、たまには着るチャンスもあるし、10着くらいなら残しておいてもいいかも知れん。
だが、それもちゃんと着られるというのが条件である。
そのためには、体型を維持せにゃならんわけだ。
今の食生活も変わらないと思うし、生活のパターンも変わりようがない。
たぶん、残ったスーツは一生モノになるだろう。

たまにスーツを着て外出すると、妙に緊張するものだ。
普段と同じ行動をしても、なんか動きずらいのである。
私はアロハ姿に慣れてしまったからだろう。
リーマン時代は、よくこんな格好で1日中過ごせたと思う。
今では信じられない事である。


 

| じじいの独り言 | 07:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
労働の義務
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こんにちはikeです


週末は好天に恵まれ、横須賀でのボート整備も無事に終わった。
私は忙しい合間をぬって参加したのだが、潮風に当たりながら作業するのは気分転換になるのである。
これで塩分補給も出来たと思う。
まだまだ悩みの種は尽きないが、それでも前向きに対処する気になるもんだよな。

私たち日本人は世界的な基準で計っても、明らかに働きすぎだと思う。
だいたいが怠け者の私ですら最低限の仕事はしているくらいで、普通の人たちは過酷な労働に従事しているのである。
まぁ、私も広告業界の底辺で長いこと働いて居たわけで、リーマン生活の苦労はわからんでもない。
激しい二日酔いの朝でも激混みの通勤電車に乗り、早朝から深夜まで働かされていたわけだ。
今にして思えば、よく我慢したもんである。
あの当時は何かに洗脳されていたとしか思えんな。
その『何か』とは何だろう?
私の上司や経営者には、人を動かすカリスマ性なんぞは欠片も無い。
ただの能書きこきのオッサンたちである。
そんな奴らのために私は働いていたわけじゃないだろう。
ここで『では、私は何のために働いたのか?』という疑問が湧いてくる。
その答えは1つである。
得意先との契約を履行するためなのだ。
そんな義務感が私を労働に駆り立てたのだと思う。
私は給与と引き換えに自分の時間を売り、奴隷の如く労働に勤しんでいたわけだ。
要するに給料分の義務として働いていたのだろう。
社員として営業ノルマを果たし、得意先には営業として義務を果たす。
こんな契約に縛られて働いていたわけだ。
それにしても、若かった私は世間知らずだったと思う。
あの素晴らしい時期を無駄にしてしまったのだからね(トホホ)

さて、そんな私も今では経営者の端くれなのだが、すべてが自己責任という状況になってみれば、まったく働かなくなってしまった(笑)
今まで働きすぎたからであろう。
25年間の働きすぎたツケを回収するには、まだまだ時間がかかると思う。
とは言え、働かなくては酒も飲めん。
嫌々ながらも私は仕事をせにゃならん立場なのである。


 

| じじいの独り言 | 09:45 | comments(0) | trackbacks(0) |
丁寧に生きる
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こんにちはikeです


私たちの暮らしは豊かになったが、その豊かさをずいぶん無駄にしているように思う。
つまり、余計なところにコストをかけているだけで、肝心の部分は貧しいままなのである。
これは私たちが育った環境に問題があったからであろう。
貧しさを克服する事は学んでも、豊かさを有効活用するノウハウは誰も知らなかったからである。

私はずいぶん貧しい学生時代を過ごしたが、それを努力によって克服した。
いくら貧しいと云っても、可愛い彼女とデートはするわけで、そんな時には無理して格好をつけたもんである。
別に安っぽい見栄を張るわけでなく、彼女が喜びそうなデートコースを探したり、安くて美味しいレストランに行ったり、予算の範囲内で最大の効果が出るように努力したわけだ。
つまり、貧しいなりに豊かな生活を送っていたのである。
私たちの世代は、そんな貧しさを体験しているが、豊かさを楽しむノウハウはまだ身に付いていないと思う。
何と云うか、私たちは『雑』に生きているような気がするね。
何をするのでもお金で処理するし、ロスがあっても気にしないようになってしまったと思う。
以前なら考えられなかった事である。
一事が万事こんな具合なわけで、とにかく無駄が溢れているのである。
もう少し、私たちは丁寧な生き方をしなければいけないと思う。
例えば食事をするにしても、自宅で作った方が美味しいのであれば手間がかかっても作るべきだ、。
そして、専門店でしか味わえないものは金額度外視で食べに行けばいい。
どうせなら小綺麗な格好で食事をすれば満足感も高まると思う。
こんな丁寧さが、今の私たちの世代には欠如しているのだ。
使いもしないバッグは幾つもあるが、肝心の食事はカップ麺じゃ情けない。
それならば、たまには美味しい食事をすればいい。
お金の使い処はいくらでもある。
それを丁寧に使えば、私たちは本当の意味で豊かさを実感できるのだろう。
外出する時の着こなしでも、お酒の選び方でも、私たちはもっと丁寧にやるべきなんだよね。

現在の私は忙しさにかまけて雑な生き方をしていると思う。
これは基本的な考え方が間違っているからなのであろう。
昔みたいにすべてが欠如しているなら、もっと丁寧に生きられる筈なのである。
なまじ社会が豊かになると、こんな考え違いをするんだろうね。
そして、雑に生きていると...つまらんトラブルに巻き込まれたりするんだよな。


 

| じじいの独り言 | 07:25 | comments(0) | trackbacks(0) |
横須賀ホンキートンクブルース
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こんにちはikeです


本日はボート整備で横須賀に行くのだが、街の空気はどうなっているのだろうか?
米軍は半島での有事に備えて臨戦態勢なのかも知れんからである。
そうなると、街の雰囲気はピリピリしているだろう。
海保も不審船の警戒をしているかも知れんので、おとなしく船底塗装をやらなきゃイカンよね。

私は短い期間だが横浜で暮らしていた。
横浜と云っても外れの方で、海外に遊びに行った友人のアパートを、期間限定で格安で借りていただけである。
だが、その短い期間にはいろいろな出来事があった。
陽気なバカ騒ぎもあり、ロマンスもあり、とにかく毎日が愉快なお祭り気分だったのである。
そして、そんなバカ騒ぎの相棒は横須賀のネイビーの連中だった。
私が20代で彼らは私より上の40代だったと思う。
親子みたいな年齢差なのだが、奴らはそんな事を気にしない。
お互いが認め合えば、それは1対1の男同士の付き合いである。
年齢や国籍なんて関係ないのだ。
つまり、奴らはアホなのである。
私たちは酒を飲んでいて知り合い、そして、その瞬間に意気投合した(笑)
アホはアホ同士で通じ合うものである。
私は彼らのチームに参加して遊ぶようになり、愉快な毎日を過ごしたもんだ。
たまに喧嘩をしても、常にフェアファイト。
1対1の問題なんだから、どちらか一方に肩入れする事はない。
私は勝ったり負けたりで、トータル負け越しだったね。
まぁ、それも今では良い思い出である。
たまに横須賀を通ると、その当時の記憶が甦る。
それらは、私にとっては素晴らしい体験だったわけだ。
そして、今日はそんな横須賀に向かっているのである。

ふと思えば、私があそんでいたネイビーの連中は、もう退役して予備役に編入されていると思う。
彼らには平和に暮らしてもらいたいもんだ。
日本に来るならオリンピックで来ればいい。
また美味い酒が飲みたいもんだ。


 

 

| じじいの独り言 | 09:22 | comments(0) | trackbacks(0) |
ボートの整備
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こんにちはikeです。

明日は横須賀で、早朝からボートの船底塗装の予定が入っている。
船を水置きしているので、フジツボを落としそれから塗装作業に入るのだが、1日で終わればめっけもんだと思っている。
何故かわからんが、この時期はフジツボが繁殖するらしく、船底は貝殻で埋め尽くされているのである。
それを引っ剥がすのは大変なんだよね。

私はヨットを始めてから10年経つが、毎年この時期になると船底塗装の作業をしている。
以前乗っていたヨットは33フィートだったが、今のパワーボートは26フィートでやや小さい。
その分だけ作業面積も小さくなったわけだ。。
それにしても、男5人で1日かかる作業だと思う。
明日は気温も28℃まで上がるし、厄介な作業になると思う。
汗をかいた分だけビールは美味いだろうけどね。
世間ではお金持ちの道楽と思われているが、そんな人たちはほんの1部であり、ほとんどは庶民レベルの愛好家なのである。
まぁ、それでも車を所有するよりはコストがかかるし、維持する手間は大変なんだよね。
しかも、楽しむ時間は限りなく短い。
仮に毎週末乗ったとしても、年間で100日程度しか遊べないのである。
ご隠居さんなら毎日乗れるが、それくらいのペースで利用しない限りは割高な道楽になってしまうね。
そして、年に1回は船底塗装の作業があるわけだ。
汗まみれ、ペンキまみれになって働かなきゃならんのである。
無理な姿勢で作業をするから腰にくるし、翌日はベッドから起き上がるのも大変なんだよね
それでも、接水面の抵抗が少なくなればスピードも上がるし、燃費もよくなる。
やはり、船底塗装は必要なのである。
まぁ、今のうちにボートのコンディションを整えておけば、この夏は楽しめるだろう。
年に1度の作業なんだから真面目にやらなきゃね。
なんか貧乏くさい話をしているけど、これもボート遊びの楽しみだと思う。
本当はバイトでも雇ってお願いしたいところだが、それは私たちには贅沢な願いなのである。

以前ヨットをやっていた時は、船底塗装に2日かかっていた。
身体中がペンキまみれになって大変だった記憶がある。
それでも作業が終わり、船を海に下ろすと不思議な充実感が感じられたものだ。
何と言っても走りが違うし、エンジン音まで静かになる。
この爽快感のために作業をしていたのかも知れないね。


 

 

| じじいの独り言 | 07:20 | comments(0) | trackbacks(0) |
2017年05月18日のつぶやき
11:41
海賊になりたい https://t.co/c1CWQMI39B #jugem_blog
| じじいの独り言 | 02:41 | - | - |
海賊になりたい
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こんにちはikeです。


もし私たちが本来の自分に正直に生きようとするなら、現在の状態だけを考えるのではなく、程よく自分の理想を持つべきであろう。
目の前のトラブルに集中していては、自分を取り巻く環境が見えなくなってしまう。
そして、怠惰な日常に流されてしまうだろう。
慌ただしい日常生活に振り回されてばかりじゃ、ただ生きているだけなんだよね。

私は子供の頃から妄想癖があり、常にアホな事ばかり考えていたと思う。
子供の妄想なんて他愛もないもんで、『海賊になりたい』とか、そんなどうでもいい妄想に浸っていたわけである。
子供向けの童話の中では、海賊どもが乱暴狼藉の限りを尽くし、働きもせずにラム酒を飲んでいる。
山に目を転じれば、山賊だって鶏の丸焼きを美味そうに喰いまくって居るではないか。
幼い私は彼らの生活が羨ましくて仕方がなかったのだ。
もちろん、それは物語の中の世界だとわかっているが、私はそんな気楽な暮らしに憧れていたのである。
そして、現実に戻れば私は学校の宿題に追いまくられ、ラジオ体操をしているじゃないか。
ふと思えば、そんな生活のパターンは今でも変わっていないわけである。
仕事に追いまくられ、自分を見失っているのでは無かろうか?
そもそも、私は怠け者である。
それが、無理して25年もリーマンを続けていたわけだ。
忙しない日常に追いまくられ、小市民として社会の底辺で働かされていたわけだ。
幼い頃の私が今の体たらくを知ったら、大激怒するだろう。
リーマンを辞めたまではいい、そしてアロハ屋を始めたのもいい。
だが、勤勉に働くのはルール違反だ(笑)
私は海賊なのである。
勤勉な海賊なんて居るはずが無かろう。
たまには子供に返って、自分の理想を見つめ直すのもいいかもね。

私たちは誰でも自分の理想に従って生きたいと思っているが、これはなかなか難しいもんだ。
私のような自分勝手なオッサンですら、社会的な責任を果たすために働いている。
なかなか海賊にはなれないもんだよね。
まぁ、いずれはヨットを持って、そこで酒浸りの生活をしたいもんだ。
その程度で我慢出来るかはわからんが...


 

| じじいの独り言 | 11:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
ミスをするなら
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こんにちはikeです。


バタバタしているうちにGWも終わり、いつの間にやら5月も中旬に入ってしまった。
初夏の日差しが照り付けるようになり乾いた風も爽やかなのだが、私は自宅に引きこもって作業する事ばかりでどうにも冴えない気分である。
今週末はボートの船底塗装をやる予定なのだが、どうにも気分が乗らない。
まぁ、今のうちに厄介な作業をすべて片付けておけば、この夏は思い切って遊べると思うのだが・・・

人間には不思議なバイオリズムがあるようで、どうにも気分が乗らない時がやって来る。
正直のところ、そんな状態になってしまったらどうにもならんわけで、そうならないように予防が大事なのだと思う。
今回の無気力状態は外部要因によって引き起こされたので仕方がないが、自分のミスが原因なら、それは本人のエラーである。
そんなイージーミスで自分のペースを落としたく無いものだと思う。
そして、そんなイージーミスでも大事な局面で起これば、それはリカバー不可能なダメージになってしまうのである。
単なる遅刻だって、普段なら笑って済まされるが、大事な試験に遅れたら人生の方向が変わってしまううだろう。
そうなりゃ落ち込むどころじゃ済まんよな。
バイオリズムにもいろいろあり、短期間で変わる日常的な動きと、一生を左右する大きな変わり目がある。
私はそんな大きな節目でずいぶんミスをこいていると思う。
まぁ、それでも私は五体満足でのうのうと生き延びているわけなのだが、本来であれば、私は世の中の中心で活躍していたはずである(コラコラ)
さて、現在の不景気な気分は短期的なものでいずれは回復するだろうが、それでも周囲で不幸が続くのは嫌なものである。
それに因り私の生産性は低下するし、5月の陽気を楽しめないでいる。
それくらいのダメージで済むなら楽なもんだが、どうにもやる気が起きないのは困ったもんだ。
こんなタイミングで大きな節目が訪れたら大変だよね。
もう私には失敗が許されないのである。
次のチャンスを捕まえ損ねたら、私はアロハ屋として老後を過ごすしかない(笑)
それが嫌じゃないが、もう1回くらいは大きな博打を打ってみたいじゃないか。
今まではそんなチャンスでミスをしてばかりだったが、そろそろ一発逆転のホームランがあってもいい。
まぁ、どうにかなるだろう。

ふと思えば、短期的なバイオリズムの低下なんてたいした事ではないわけで、そんなに心配する必要は無い。
気分が落ち込めば、酒でも飲んでバカ騒ぎをすればいいだけである。
だが、大きな節目で積極的になれないのは困るよね。
そんなチャンスは滅多にあるもんじゃない。
それさえ捕まえればいいのである。


 

| じじいの独り言 | 05:12 | comments(0) | trackbacks(0) |