<< August 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
ビジョンを持って戦うと・・・
JUGEMテーマ:日記・一般
こんばんはikeです。
Bourbon Streetって本当にあるの?
ギャンブルとは難しいもので、強いとか弱いなんて事は意外と関係ないと思う。
強いハンド(手役)が入る確率は誰にも等しく訪れるわけで、小手先の技なんてたいしたもんじゃないのである。
やはり大事なのは「ツキの流れ」なんだろう。
ツキの強弱を気にしてギャンブルをやるようになるとテクニックは疎かになるけれど、もっと大きな意味での勝ち負けが理解できるようになるんだよね。
まぁ、どっちにしてもギャンブルの勝ち負けなんてつまらない事で、そんなもので自分の人格まで失ってしまったら人間はお終いなのである。

私は基本的にのんびりした性格で、あまり細かいことにこだわらないタイプだと思う。
のんびりしていると云っても、実は私はスラム街で育った人間なので、この表現が正しいかどうかはわからん。
なので「お前のどこがのんびりした性格なんだよ?」という突っ込みがあるのは承知の上なのだが、それでも私には甘いところがあるのも事実なのである(笑)
その理由として、ド貧乏な環境に染まった人間はけっこう低いレベルで相手を騙そうとするけれど、私の性格にはそんな部分が無い。
だが、相手を騙すという行為はギャンブルの大事な要素の1つなのである。
ただ、それだけで勝てるのは低レベルの勝負だけだと思う。
相手を騙すテクニックなんぞは低レベルな勝負でしか通用しないものなのだ。
世間ではハングリーな人間こそが勝負の世界で勝ち残ると云われているが、私はその理屈に賛成できない。
命がけのギャンブルなら誰だって必死になるし、そんな勝負では貧しさが武器になるとは思えないのである。
では、お金持ちのお坊ちゃんが強いのかと云えば、またそれも嘘になるだろう。
それでも、ギャンブルの場ではいろいろな素養を持っている人間は強いと思う。
つまり、ギャンブルというフィールドを超えたもっと大きなビジョンで戦えるからだ。
ちょっと漠然とした表現だけど、哲学や文学などの総合的な素養があれば1ランク上のレベルで戦えるのである。
これを何と説明したらいいのだろう?
私もそれを説明する言葉を探しているのだが、確か阿左田哲也さんが同じような事を書いていたと思う。
阿左田哲也さんも「ビジョン」という言葉を使っていた気がするね。
私はかなりハイレートなギャンブルを戦っていたが、こんな大甘の坊やがその世界から生還できたのは奇跡だと思っている。
実戦では騙されてばかりだったような気もするが、そんな私が厳しい勝負の世界で生き延びられたのは、多少なりとも私にビジョンがあったからに違いない。
私はスラム街で育った貧乏人だけど・・・それまでなんの役にも立たなかった素養が私を助けてくれたのかな?

若い頃の私は、アホな不良仲間たちと陽気なバカ騒ぎをしながら育ったのだが、自分1人になると必死で文学していた。
そんな事を恥ずかしくて仲間には言えなかったわけだ(笑)
私はいろいろな本を読み、そこで自分の知らない世界を夢見る若者だったのである。
そんなイマジネーションの世界ではいろいろな想像が可能になるわけで、それを真剣に突き詰めていくと周辺情報まで学ばなきゃいけなくなってくるものだ。
学校の勉強とは違うけど、私は必死でそれらを勉強していたのだ。
それは雑学レベルの知識だけど、それが高じてある種の素養となっていたのかも知れん。
ギャンブルの結果と哲学は全く関係ないが、私の場合はそんな素養が在ったからこそ、ビジョンを持って戦えたんだろうな。

 
| ギャンブル | 00:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
ギャンブルに於ける確率論
JUGEMテーマ:日記・一般
こんばんはikeです。

私はギャンブル狂いの時代に確率論を必死で学んだ。
私は学校で勉強をしなかった分だけ、実社会で学ぶ必要があったのだろう。
やはり学問は大事なものである(笑)
なので、半分以上は独学なのだが、確率の面白さには惹かれたね。
ただ、それが実戦に役立つかどうかは、まったく別の問題なのである。

私がギャンブルに狂っていた時期には、勝つためにそりゃ真剣に努力した。
先ず、それぞれのギャンブル種目のルールを覚え、大勝ちや大負けのパターンや、イカサマの可能性なんぞを解析した。
その上で自分に向いているフィールドを選んだのである。
そして、少額でもいいから数多くゲームに参加して、実戦体験を積んだ。
世間では「好きこそ物の上手なれ」と言うが、なんと前向きな努力だろうか(笑)
まぁ、ここまでは初心者なら最低限やるべき事である。
さて、ギャンブルのフィールドに於いては、いくら確率論を学んでも結果には結びつかん。
それは誰でも解っている事だろう。
私たちは誰もが確率論の要諦を理解していたし、その上で全員が対戦していたのだから、確率論の意味が無いわけだ。
それでも確率論は大事なものだと思う。
ただ、一般社会と違って、使い方が難しいだけなのだろう。
さて、ギャンブルに於ける確率論があてにならないのは、それが正確に働く程の回数を実行しないからなのだ。
つまり、確率論とは無限回数を前提にした理屈なわけで、一晩に数百くらいの対戦回数ではどんな結果がでてもおかしくない。
ルーレットの赤・黒でも奇数・偶数でも、平均的な結果なんか出ないわけだ(イカサマ無しの場合ね)
つまり、目の偏りなんて、いくらでも起こり得るのである。
ギャンブルには確率を超えた確率が存在するんだね(笑)
まぁ、出目が偏る場面でその流れに乗るか、流れが変わると見るか、これこそが腕の見せ所なのである。
仮にその局面で負けたとしても、ライバルたちにその賭け方を見せつければいい。
それは次の勝負に活きる負け方なんだよね。

ギャンブルとは信じられないような偶然の連続である。
そのフィールドで勝ち続けるのは基本的に不可能だと思う。
だが、結果が平均的にプラスになっている人は少数ながら居るものだ。
私もそう成りたかったが、残念ながらその願いは挫折した(笑)
だが、結果としてはそれで良かったわけだ。
そのおかげで、こうやって生き延びられたんだからさ。




 
| ギャンブル | 00:00 | comments(2) | trackbacks(0) |
ギャンブルの要諦
JUGEMテーマ:日記・一般
こんばんはikeです。

私たちは誰もが不思議なバイオリズムに翻弄されながら生きているのだが、その波長が妙に実感できる瞬間がある。
ツイている時には第六感が働いて、トラブルを未然に防げたりする。
世に言う「嫌な予感がした」という奴だ。
でも、これくらいならたいしたツキじゃない。
本当にツイている時には、そんなトラブルすら起きないのである。

私は若い頃からギャンブルに没頭し、たいていの種目に手を出している。
得手不得手はあるものの、ギャンブルの要諦は理解しているつもりだ。
そして、すべてのギャンブルに共通する必勝法も存在すると思っている。
それは文字にしてしまえばつまらんもので、自分と対戦相手のツキの具合を正確に把握する事なのだ。
例えば、自分のツキが50であれば、それ以下の相手と勝負すればいいだけなのである。
もちろん途中経過では勝ったり負けたりがあるけれど、最終的にはプラスになるだろう。
対人ギャンブルなら、それでどうにかなるものだ。
まぁ、ツキのレベルが測定出来れば、それだけでたいしたもんなんだけどね。
さて、対人ギャンブルはそれでいいとして、競馬などの不特定多数が参加する場合はどうだろう?
これには明確な答えはないが、自分がツイていると思ったなら、大きく張る事だ(笑)
そして、買い目に迷うようなら手を出さないようにするしかない。
もしくは、調子の良い奴の買い目に相乗りするべきだと思う。
消極的な方法だけど、ツイて無けりゃおとなしくするしかないのである。
基本的にギャンブルはやらない方がいい。
たが、やるなら少なくとも勝つべきだろう。
勝つ事に拠ってツキを呼びこむ場合だって在るからね。
とにかくギャンブルは心の余裕がなきゃ勝てないものだ。
そして、勝つ事に拠ってツキのレベルを上げられるものでもある(笑)

私は偉そうに上から目線でギャンブルを語っているが、実はある程度までキャリアを積めば誰だってこの程度の事は解っていると思う。
要はそれを実行出来るかどうかが問題なのである(笑)
今の私は博打念力が衰えているわけで、自分のツキを測定する事も出来ん。
たぶん…私にはツキなんて残っていないだろうけどね。




 
| ギャンブル | 00:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
勝ったり負けたり
JUGEMテーマ:日記・一般
こんばんはikeです。

私は定期的に尾山台のヘルハウスでギャンブルを楽しむのだが、そこには腕っこきのギャンブラーが揃っている。
普段はみんなしてダラダラ酒を飲んでいるだけなのだが、いざメンバーが揃えば、ポーカーありブラックジャックあり麻雀ありで、つまり何でもありなのである。
メンバーにあぶれた人たちは丼を持ち出してチンチロリンを始める始末だ。
私はメンバーに欠員がでれば参加するけれど、基本的には控えに回って飲んでいる事が多いね。
ギャンブルは怖いからである(笑)

私は10代後半からギャンブルを始めたので、キャリアは40年になる。
それでも本当に油の乗りきっていた時期は30代の数年間だったと思う。
正直のところ、リーマンの立場でひと晩で○○○万単位のギャンブルをやっていたのだから世話がない。
それこそ、会社でもらう給料なんぞは鼻っ紙だったろう。
30代のリーマンじゃ、年収なんて6〜700万じゃないか(笑)
全盛期の私はギャンブル用の財布には○○万を入れ、リーマン財布には5万とクレカを入れて出社していた。
そして、自宅の引き出しには、○○○万が常備してあったのである。
当時の私は常に千万単位の儲けを狙っていたね。
怪しげな情報に大金を突っ込んだり、ずいぶんアホな事をしたもんだ。
競馬の裏情報で大井競馬で人気薄の馬に単勝を○○万突っ込んだり、某製薬会社の株を買い込んだりした。
そんな時期は2年くらい続いたが、まぁすごい景気だったと思う。
それもギャンブルで得た資金が在ったからだろう。
一旦ツキ始めれば、お金は加速度がついて集まり始めるものだ。
ひと晩7〜8万のプラスが1ヵ月も続けば、3ヵ月後にはもう100万プレイヤーの仲間入りである。
私はそこで短期決戦を挑み、そして見事にずっこけた。
その後は一進一退が続き、最終的には破産寸前まで追い込まれたんだけどね(笑)
まぁ、命がけの大勝負に快勝し破産は免れたが、私には結局何も残らなかった。
私にとってギャンブルとは…単なる時間と体力の浪費だったのである。

私は破産を免れた時点で高額ギャンブルからは足を洗った。
今では欠員補充で参加するだけで充分なのだ。
写真中央の白髪鬼はヘルハウスの常連さんである。
この先輩くらいのギャンブル念力が昔の私にあったなら、今ごろは億単位のプレイヤーになっていたと思うのだが(笑)




 
| ギャンブル | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
ギャンブルの裏情報
JUGEMテーマ:日記・一般
こんにちはikeです。
シーメンズクラブ
私は人生で一番脂の乗りきった30代の10年間をギャンブルで費やした。
あの当時は本当に体力の限界まで頑張ったものだ(笑)
今にして思えば、何が楽しかったのかわからん。
たぶん、脳味噌がギャンブルに冒されていたんだろう。
そして、ギャンブルに冒されると、冷静な判断が出来なくなってしまうものだ。
ちなみに私の脳味噌は、普通の状態に回復するまで数年かかったね(笑)

私は対人ギャンブルがメインで、あまり競馬などの公営ギャンブルには手を出さないが、何度か大きな勝負をかけた事がある。
基本的にギャンブルの世界では自分しか信じられないので、他人任せでお金を賭けるわけにはイカンのだ。
そんな私でも、何度かは怪しげな裏情報に乗せられたね。
さて、そんな私が裏情報に乗せられたのには理由がある。
ネタ元が信頼できる人物だった事と、情報のソースが意外な所だったのだ。
ネタ元はギャンブル仲間のドクターで、ソースはドクターの患者さんで、この人は競馬関係の人間である。
普通の裏情報は、ネタ元もソースもいい加減なもので、例えば「調教師の○○が女に狂って金が必要だ」とか「馬主の○○は破産寸前で金が欲しい」とか、いかにもありそうな話がベースになっている(笑)
ところが、私が得た情報は身元が確かな人物から得たものだ。
こりゃ全力勝負するつきゃないでしょう。
さて、ドクターからの情報通り、その馬は出走してきた。
6番人気で単勝オッズは17倍前後である。
いかにも一発ありそうな雰囲気じゃないか(笑)
先ずはドクターから依頼のあった単勝馬券を購入。
私は人気薄が頭なら馬単に妙味ありと思い、馬単で全力勝負をした。
出走まで後楽園の場外で過ごした時間の長い事(笑)
ところが頭の中はパラダイスなのである。
そりゃそうだよ、一発決まればおベンツどころか小さなマンションが買える配当である。
まったく人間の欲望は凄いもんだね(笑)
さて、結果はどうかといえば、お目当ての馬は外から凄い脚で追い込んだものの届かず、トホホな結果であった(号泣)
やはり、裏情報は所詮裏情報なんだよね。
いくらネタ元がしっかりしていても、結果はこんなもんである。
やはりギャンブルは情報に頼っちゃダメなのだろう。

レース終了後、私はドクターに電話して結果を報告したが、そのリアクションは「馬券の立替はすぐ振り込むね」だって(笑)
別に○○万くらいのお金はどうでもいいのだろう。
私はちょっとしたダメージを受けたけど、そりゃ私が勝手にやった事なんだよな。
冷静な判断が出来ないと、こんな結果になるもんである。
| ギャンブル | 08:32 | comments(2) | trackbacks(0) |
ギャンブルの師匠
JUGEMテーマ:日記・一般
こんにちはikeです。

私は人の言うことを聞かない性格で、他人から何かアドヴァイスをもらっても、一応は自分で考えてみるタイプである。
けっこう頑固っちゅーか、自分の理解の範囲を超えたものは素直に受け入れられないだけなんだろう(笑)
ただ、直観的に相手の言わんとしている事がわかる場合もあるわけで、そんな時には無条件でアドヴァイスを受け入れてしまうね。
なかなか、そんな人には巡り会えないけどさ。

私にはギャンブルの師が2人居る。
一人は某設備会社の重役だったKさんで、もう一人は故阿佐田哲也さんである。
阿佐田さんには生前何度かお目にかかった事があるが、ちょっと独特のオーラがあって、正直のところ話しかけるのもはばかられるような雰囲気だった。
始めて話しかける事が出来たのは二度目にお目にかかった時である。
その時に「ギャンブルの要諦とは何でしょうか?」と質問したわけである。
すると師答えて曰く「最終的に差引ゼロだという事を忘れないでください」とおっしゃられた。
なんか拍子抜けだったけど、今でもこの言葉を私は守っている。
だからといって、私の戦績が良くなったとは思わないけど、非常に深みのある言葉だと思うね。
駆け出しの私ごときに、ギャンブルの真理を教えてくださって、非常に感謝している次第である。
さて、もう一人の師はとんでもなく頭の切れるKさんである。
この方からは、賭場のマナーから洋服の着こなしまで、大袈裟に言えば人生の指針を教授していただいたと思っている。
知り合ったのはアンダーグラウンドの賭場であるが、とにかく明るい方で、私にも気さくに声を掛けてくださった。
ただ、私はある意味では頑固で疑り深いので、なかなかこのKさんの教えを実践できなかった(笑)
今となってはすべてを理解できるのだが、当時はまだ修行中だったため、ギャンブルというものの本質を理解できていなかったためである。
この2人の師匠のおかげで、私は過酷なギャンブル界から生還できたと思っている。
私はギャンブルというもののイディオムを阿佐田先生から学び、実践的なテクニックはKさんから学んだ。
ところが・・・私の戦績はちょぼちょぼである(笑)
これは私の能力によるものであろう。
弟子を名乗るには100年くらい早いのだろうね(号泣)

私は今ではギャンブルから足を洗ってしまったが、あの暗黒の10年間で、いろいろな事を学んだと思う。
それは無駄ではなかったと思うが、実際の社会では役に立たないものである(笑)
だけど、人間として知っておくべき大事な部分も多いわけで、そのノウハウのおかげで私はのうのうと生きていられるわけである。
これって学校では教えてもらえないサバイバルテクニックなのかも知れんな。
| ギャンブル | 09:48 | comments(0) | trackbacks(0) |
大勝を狙え!
JUGEMテーマ:日記・一般
こんばんはikeです。
野球じじい1
人間なんぞはただ生きているだけでも、無意識のうちに無数のギャンブルを繰り返している。
いつもの飲み会でも、居酒屋で刺身を頼んで食中毒に遭う場合だってあるだろう。
直前まで、鍋を喰うか刺身にするかと悩んだ結果そうなったりするんだよな。
後になって「あのとき鍋を喰っていれば」と後悔しても遅いんだよな。
ダラダラ生きているだけでも、人生は常にギャンブルの連続なのである(笑)

さて、みなさんはギャンブルに必勝法があると思いますでしょうか?
もし、必勝法があるとすれば、すでにそれはギャンブルではないわけである。
極論すれば、必勝法が無いからギャンブルなのであって、何かしら明らかに有利な手法が存在するなら、それは単なるビジネスだと思う。
ギャンブルとは、ロマンに溢れた世界なんだよね。
でも、必勝法は無くとも、世の中にはギャンブルが強い人は居るもんだ。
今の私は博打念力が衰えているから、普段は負けないようにしているだけで精一杯なんだけど、年に一度くらいは大勝ちする。
これは実力でも運でもなくて、ギャンブルの世界で身につけたフォームなんだよね。
このフォームはギャンブルの極意なんかじゃなくて、当たり前の常識である。
必勝法の無いギャンブルの世界で、収支をプラスにするには、一つの方法がある。
単純だけど、ツイている時に大きく勝つ事である。
例えば、所持金1万からスタートして勝ちが10万まで伸びたとする。
ここで勝ち逃げを考えてはイカンのである。
まず冷静に考えて、資本金が10倍に増えるなんて、こりゃ普通の状態では無いわけだ。
滅多に無いツキの波に乗っているわけだから、こんな時こそ勝ちを大きく伸ばさなきゃイカンわけよ。
10万で勝ち逃げしたり、半分は利益確保して残りで勝負してはイカン。
こんなチャンスこそ全力勝負が正解だ(笑)
こうやって勝ちを伸ばすようにすれば、年間トータルで収支が大きくプラスになる。
まぁ、そんなチャンスが来るまでは負けないように我慢しているだけでなんだけどさ(笑)

ギャンブルは、負けている時の方が楽しいものだ。
だからこそ、世の中にはギャンブルをやる人間が存在するのである(笑)
その意味ではギャンブルはロマンの世界なんだろう。
そんな男のロマンを壊すような事は言いたく無いけど・・・ギャンブルは時間とお金のロスであることも事実なのである(笑)
| ギャンブル | 08:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
ギャンブル再開?
JUGEMテーマ:日記・一般
こんばんはikeです。
真冬のスタジアム
今週末は世田谷のヘルハウスでギャンブル生活を送る羽目になるかも知れない。
正直のところ、私は30代にギャンブルにのめり込み、人間として一番大事な時期を棒に振った経験がある。
結局、ギャンブルまみれの生活から足を洗ったのは30代の後半になってからなのだ。
30代の10年間は私にとって、失われた10年なのである。

私は30代の後半までダラダラとギャンブルを続けたわけであるが、その間は勝ったり負けたりの繰り返しであった。
結局のところ、自分の才能の無さに呆れて、ギャンブルの世界から引退したわけである。
それからの10年はネットショップのオヤジとして真面目に(???)働いていたわけだが、ここにきて、ヘルハウスでギャンブルをやり始めてしまったわけである(笑)
まあ、世の中にはギャンブル好きが多いもので、愉快な仲間が集まってワイワイ楽しくやっている。
種目は何でもありだし、レートもおとなしいから安心なのであるが「もう2度とやらんぞ」と誓った私としては複雑な心境だ。
正直のところ、30代の一番大事な時期にギャンブルに現を抜かしていたわけだから、私がビジネスマンとして大成しなかったのも無理は無い。
その反省を込めて、私はギャンブルから遠ざかっていたわけである。
そんな私がギャンブルを再開してしまったのだから、困ったものである。
結果は今まで通りで勝ったり負けたりだけど、30代の頃と違ってそんなにのめり込むことも無く、方の力が抜けている。
ギャンブルにはこんな楽しみ方もあったんだね(笑)
若かった頃の私は、天下を取ってやるつもりで必死にギャンブルに打ち込んでいたと思う。
それだけの意気込みがあったからこそ必死で取り組んだわけであるが、だからといって勝てるほどギャンブルは甘い世界じゃない。
かなり怖い目に遭って、尻尾を巻いて逃げ出したわけである。
ギャンブルの世界ではいろいろ勉強させてもらったけど、そんな苦労をするのなら、もっと仕事に打ち込んだ方が良かったよね(笑)

今ではギャンブルをやっていても、昔のように血が燃えるような事も無い。
何と言うか・・・枯れまくった仙人みたいな心境で遊んでいる。
命懸けのギャンブルなんて今さら出来ないし、酒を飲みながらワイワイやっているのが一番だと思う。
まあ、ギャンブルを楽しむっていうより、私は飲んでばっかりなんだけどさ(笑)
| ギャンブル | 04:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
確率5割のギャンブル
JUGEMテーマ:日記・一般
こんにちはikeです。

ギャンブルというゲームは、確率論で説明できる部分と、まったく人知の及ばない部分の組み合わせで出来ている。
当然ながら、単に確率論だけのゲームだったら、誰もがここまで熱狂する事は無いだろう。
そんなものはギャンブルとは呼べないよね。
だけど、実は私のギャンブルスタイルは、確率論を重視している。
そんな私がヘルハウスでカーポに参加すると「おっ!銀行員がやってきたぜ」と冷やかされてしまう。
手堅いギャンブラーは、こうやってハンデを負わされてしまうのかも知れんな(笑)

ギャンブルにおいて、確率論は無視できないが、そんな理論をあっさりひっくり返してしまうような出来事は多い。
99%大丈夫と思っていても、残りの1%が頻繁に起こるわけである。
起こってしまえば確率100%なんだよな(笑)
そして、誰もが「たぶん無いだろう」と思っている時こそが最大の勝負どころなのであろう。
そんな場面でリスクを承知で勝負できる人は強いよね。
私なんぞは、平場の勝負では平均的に勝てても、そんな勝負どころでスッテンテンにされる事が多いと思う。
まあ、これは個人のスタイルだから仕方が無いわな(笑)
私だって勝負を賭けているんだからさ。
ギャンブルのスタイルには国民性も色濃く現れると思う。
出典は不明だが、ある説に拠ると日本人は逆張りが多く、欧米人は順張りが多いらしい。
例えばルーレットで、赤が何回か続くと日本人は黒に大金を張り、欧米人は流れに乗って赤に張る傾向が強いという事である。
本当だろうか?
確かに赤が何回も連続するのは難しいけど、1回勝負が終われば次に赤が出る確率は50%なのである。
※カジノのディーラーは自由に目を出せるので、あくまで無作為にシュートした場合である。
まあ、ルーレットの赤黒賭けは確率5割のギャンブルだけど、そんなゲームでも賭け方のスタイルが違えば勝負のバリエーションが増えるわけである。
こんな認識の違いはいくらでもあるわけで、そんな時に「確率を超えた確立」という場面が発生するわけだ。
先のルーレットであれば赤が10回連続した後にどっちに賭けるかが勝負どころなのである。
逆にいえば、そんな状況を人為的に作り出すのがカジノディーラーの腕なんだけどね(笑)
まあ、私なんぞは大負けしないけど、こんなつまらないトラップに引っかっかって、なかなか勝って帰れないタイプである。
ギャンブルは難しいわ(笑)

私は基本的にギャンブルは流れが大事だと思っている。
そんな意味では典型的な欧米人タイプで、どんどん利を乗せて追撃していくのだが、最後の最後で大博打を打ってスッテンテンになってしまう(笑)
いくら確率重視といっても、そこはヘボなギャンブラーなんだろうね。
私は赤が10回連続すれば・・・ドテンして11回目は黒に張るタイプなのだ・・・嗚呼!
| ギャンブル | 09:58 | comments(0) | trackbacks(0) |
3流のギャンブラー
JUGEMテーマ:日記・一般
こんばんはikeです。

ここ最近は地味な生活をしている私であるが、そろそろ悪い癖が疼いていてきた。
私は本質的に山師的な性格なので、ついつい1発でかいヤマを張りたくなってしまうのである。
特に忙しい時ほど、そんな気になってしまうから困ったもんだよね(笑)
まあ、私の欲望なんて慎ましいもんで、のんびり出来るだけの資金が手に入ればいいわけなんだけどさ。

私は相場を張って喰っていくほど勝負強く無いけど、そんな生活をしているプロのギャンブラーには憧れる。
まあ、男なら誰でも同じだろうけどさ(笑)
10年に1度くらい勝負を賭けて、大儲けしたらハワイあたりでのんびり過ごす・・・こんな生活が出来たら最高だろう。
そりゃ誰でも憧れるよな。
でも、よくよく考えたら、これだって地味な生き方だと思う。
普段はず〜っと相場を眺めているだけで、自分なりの勝負所がやってくるまでひたすら待っているだけなのである。
永遠のようにこの状態が続くわけであるから、精神的に参ってしまう時だってあるかもね。
この話の肝は、必ずしもチャンスがやってくるとは限らない事なのである(笑)
チャンスがいつ来るかじゃなくて、永遠に来ないかも知れないのである。
来るか来ないかわからないものを、ひたすら待ち続けるのは苦痛であろう。
苦痛どころか不安だろうね。
私にはそんな忍耐力も無いし、精神的に強くも無い。
そんなわけで、結局は小市民の暮らしをせざるを得ないわけである。
アロハ屋が小市民の職業とは思わんけど、これはこれで堅気の商売なんだけどね(笑)
私の周囲には、バブル期に大儲けした人間は多いけど、それも一時の事で、その利益を残せた人は限りなく少ない。
ある程度の利益を得て、さっさと冬眠してしまった人たちは少ないよね。
勝負の要諦は「切り上げ時」である。
私なんぞは、勝負をダラダラ続けてしまうタイプだから、仮に儲かっていても、最後にはスッテンテンになってしまうんだろうな(笑)
こんなタイプは、相場の肥やしにされてしまうわけである。

バブル期の利益を残せた人たちは、現在どうしているのだろうか?
そろそろ冬眠から覚めて、ひっそりと相場の世界に復帰しているのかも知れん。
相場は変わらず存在しているけど、参加者は常に入れ替わっているわけで、そろそろ前回の勝者が復帰して、相場を荒らし始めているのかもね(笑)
| ギャンブル | 00:55 | comments(0) | trackbacks(0) |