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自分に厳しく、他人に・・
JUGEMテーマ:日記・一般
こんにちはikeです。

この世の中にはマナーの悪い奴が多いけど、私はそんな場面に遭遇する度に荒れ狂ってしまう。
人間なんぞの本性はそんなもんだと思っていても、我慢できなくなくなるのだろう。
まぁ、これは誰もが同じだろうが、私の場合はその反応が極端なんだよね。
こんな局面で人間の性格が現れるのかも知れんな。

私は普段の状態だとヘラヘラ怠けているが、時に大激怒して暴れだす。
世間で『切れる』と云われる状態になるわけだ。
60近いオッサンのやる事じゃないが、世間の道理を無視した行為は責められても仕方ないだろう。
私は単なるアホなオッサンだが、少なくとも道理くらいはわきまえている。
社会の中では、私だって嫌々ながらもそんなルールに従っているわけだ。
私が大激怒するのは、そんな公衆のルールが守られていない場合である。
さて、そんな偉そうな能書きはさておき、私には従うべき2つのルールが在る。
先ずは『公』の場でのルール。
これは公衆道徳のレベルであるが、こればっかりは嫌でも従わなきゃならん。
私は下町のやかましい年寄に鍛えられているから、そんなマナーは体で覚えている。
そして、次のルールは自分だけに適用しているオリジナルのルールである。
要するに、私は他人に影響を及ぼさない範囲に於いては、自分のやりたいようにやればいいと思っている。
つまり、自己責任の範囲なら何をやっても構わんわけだ。
気違い沙汰だと言われようとも、私は真冬にアロハシャツで飲み歩き、自分のお金と時間を使って楽しんでいる。
それでいいじゃないか。
つまり、私は自分自身に対しての責任は自分で取っているのである。
それは放置していただきたいと思う。
私は自分勝手でいい加減な性格だが、少なくとも自分自身に対する責任は自覚しているわけだ。
だが、公衆のルールだけは嫌々ながらも守っている。
私は自分にも他人にも厳しいオッサンなのである。

私は自分のルールと社会のルールを使い分けているのだが、少なくとも自分のル−ルを他人に押し付ける事はしない。
自分だけのルールは自分を律するために在るもので、他人に対してはなんの効力も発揮しないからである。
そして、私は社会のル−ルが正しくないと思っているが、今の社会で生活している以上はそれを守らなきゃイカンとも思っている。
そんなバカげた話もあったもんじゃないと思っているが、自分のル−ルだけで生きようとすれば・・・私は無人島に行くしかないのである。

| じじいの独り言 | 09:45 | comments(2) | trackbacks(0) |
最近は服装もマナーも悪いお年寄りが増えました。
それから私が耐えられないのは、汚い作業着のまま電車に乗って来る肉体労働者。
わたしがバイトしていた頃は皆ちゃんと着替えて電車に乗ったものです。
バブルの頃が全て良かったわけではありませんが、こういう所は今よりしっかりしていたと思います。

一体何が変わってしまったのでしょう?


| glenn | 2017/04/10 9:06 AM |
>glennさん

若者のマナーばかりが問題視されますが、年配者も同じくマナーは悪いですね。
特に職人さん系は『矜持』が無くなってしまったのかも知れません。
着替えるのが嫌なら車で移動すりゃいいと思います。
単なる手間仕事の感覚なんですかね?
まぁ、職人さんだけでなく、リーマンのマナーも酷いですけど(笑)
| ike | 2017/04/10 4:24 PM |









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