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平凡な組合せから生まれるもの
JUGEMテーマ:日記・一般
こんにちはikeです。


私はWin3.1の頃にPCを始めて、ワードとエクセルを使いまくった。
その当時としては平均的なPCユーザーだと思うが、残念な事にそのレベルで進歩がとまってしまった。
つまり、基本的な使い方を覚えただけで燃え尽きてしまったようだ。
PCなんぞは使えて当たり前で、肝心な部分は『それを使って何をやるのか』を考える事なんだよね。

この世の中には便利な道具が幾つもあり、私たちはその恩恵を受けているが、その機能を自分がサボるためにフル活用している。
まぁ、人間としちゃ当然の事であるが、それだけじゃ勿体ない気がするね。
私ごときが言う事じゃないけど、この感覚はPCに始めて触れた時代に拠って違うと思う。
私たちの世代は第一世代の最後の方で、PCの基本原理もわからずに、スポ根体質の特訓に拠って操作を覚えただけだ。
言い訳がましいとは思うが、これでは大きなビジョンは描けない。
確かにワードやエクセルは使えるようになったけど『それがどうした?』ってだけの事だよね。
そこにはビジョンも何も無いわけだ。
私たちはこんな環境でPCに触れた世代なのである。
それを時代のせいだけにするのは良くないが、凡人のレベルはこんなもんだろう。
私の飲み仲間にはIT業界で成功した人間が2人居るが、彼らは私より上の世代である。
彼らはITバブルの波に乗り、一時期はとんでもない成功をおさめたが、その後に億単位の負債を残して倒産した。
この2人に共通するのは、理系脳であるところと、異様にポジティブなところだ。
もちろん地頭は良い。
だが、それだけじゃない『何か』が間違いなく存在するわけだ。
それがビジョンじゃないかと思う。
彼らのイノセントな感性は、私たち凡人と違った何かをキャッチするのだろう。
そう考えると、どんな時代にも『天才』『秀才』『凡人』は居るのだろう。
私はPCに関しては凡人どころかバカである。
だが、それに気が付かない程のバカじゃない。
こうやって、言い訳をする程度の脳味噌は在るのである。

さて、私は幾つかの便利な道具をつかっているが、それは単なる一次的な使用である。
それを使って何をするかが大事なんだよな。
何処にでも在る物を組合せて、まったく別の用途を考え出すのも面白いよね。
PCやモバイルと既存の何かを組合せて面白い事ができないもんかね。
謎かけみたいなもんだけど。

 

| じじいの独り言 | 15:22 | comments(0) | trackbacks(0) |









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