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見栄を張るコスト
JUGEMテーマ:日記・一般
こんにちはikeです。


私は自分からは『嘘』をつかないようにしているが、その場の流れで仲間の嘘に付き合わされてしまう場合もある。
お姉ーちゃんの前で話を盛りまくっている仲間が、私に同意を求めてきたりする場合もあるわけだ。
例えば、私の乗っているおベンツは実は自分があげたものだとか...
恥をかかしちゃ可哀想だから、こっちは黙っているけどね。

私たちは誰でも自分を良く見せようとする傾向があると思う。
別にそれは悪い事じゃないし、むしろ推奨されるへきである。
誰だって仲間の不景気な話は聞きたくないし、仲間が良い身なりをしていれば一緒に遊んでも気分がいいじゃないか。
つまり、自分を良く見せるのは美徳なのである。
但し、それは自分の実力の範囲内でやるべきである。
自分を実力以上に見せたがるのでは、それは単なる見栄であるし、むしろ見苦しいものだ。
そして、そんな安っぽい見栄を張るために嘘をつく人間もいるわけだ。
私も見栄っ張りだが、私は自分の実力の範囲内で見栄を張る。
お姉ーちゃんと飯を喰った翌日は、普段の吉牛に戻るわけだ。
情けない話だが、浮き世の義理に付き合わされてしまう場合はこんなもんだ。
だけど、少なくとも嘘をついてまで自分を良く見せたいとは思わない。
だいたいが、私は過去に恥をかきまくっているわけで、今さら格好をつけても仕方がない。
仲間内では、私のすべてがバレバレだからである。
なので、私は見栄を張らずに『地』で居られるわけだ。
そんな私でも、時にはお姉ーちゃんをご接待せにゃならん。
それにしても、自分の範囲内である。
どうせ、私の悪い噂は聞いているのだろうから何も期待していないけど、それでも多少の無理はするわけだ。
その程度で充分じゃないか。
本当に地味な娯楽だよな。

男なんて情けない生き物で、見栄を張ってついつい大口を叩く場合もある。
もちろん、そのツケはいずれ自分に返ってくる。
それも面倒であるが、やってしまった事は責任を取るしかなかろう。
自分自身のスケールが大きくなれば、自然と大きな事が言えるようになる。
そうなれば、自由に大口を叩けるのである。


 

| じじいの独り言 | 07:09 | comments(0) | trackbacks(0) |









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