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再開発で何かが変わる
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    JUGEMテーマ:つぶやき。

    こんにちはikeです

    本日は連休の中日で平日なのだが、私は午後から定例の墓参で六本木まで出張ってくる。

    一応は平日なので、六本木も少しは賑やかだろうと思う。

    そして、墓参が終われば新橋に出て飲む予定である。

    ふと思えば、私は新橋〜赤坂では飲むけれど、ここ7年ばかりの間に六本木ではほとんど飲まなくなってしまった。

    もう馴染みの店はほとんど無くなっているに違いない。

    ロアビルも建て直しの予定らしいし、これからオリンピック迄に六本木の景色も変わっていくんだろうな。

     

    私の世代はギリギリで前回の東京オリンピックを記憶していると思うが、その当時の東京の街はどうだったのかはあまり記憶に無い。

    ちなみに前回の開催は1964年だから、当時の私は4歳だった。

    その当時は、まだ銀座の外れで祖父母がお店をやっていたし、私も六本木に住んでいた筈である。

    だが、その当時の東京の風景はまったく思い出せないのである。

    4歳であれば少しは覚えていそうなもんだが、そんな風景は生活の一部として忘れ去られてしまったのかも知れんな。

    だいたいが、オリンピックの記憶にしても白黒テレビで観たというだけしか覚えていない。

    競技内容なんかはまったく記憶に無いのである。

    幼年期の記憶からすれば、銀座も裏路地に入ればボロ屋が在ったし、六本木だって木造家屋が建ち並ぶ住宅街だった筈だ。

    恐らくはオリンピックの前に急ピッチでインフラを整備したために、東京の景観は変わってしまったのだろう。

    その時と同じ現象が、現在も起きていると思う。

    1964年から54年が過ぎたわけだが、今になって第二次の再開発が起こったのである。

    まぁ、当時と今じゃ状況が違うけどね。

    だいたいが、もう都内には再開発が出来る区画はいくつも残されていないと思う。

    ある程度まとまった区画では、バブル期に地上げが失敗した新宿のゴールデン街とか、新橋駅前のニュー新橋ビルくらいなもんだろう。

    別に無理してまで再開発なんてする必要も無いわけで、昔ながらの街並みも残してほしいと思う。

    腹を空かせて大飯を喰った定食屋とか、小銭を握り締めて通った飲み屋とか、そんな懐かしい風景が失われるのは残念だからである。

    そんな小さな区画は残したまま、幹線道路だけを整備してもいいかも知れないね。

    東京の街は観光客だけのものじゃない。

    そこで暮らしたり、遊ぶためのものなのである。

    さてさて、本日は現在の六本木の風景を楽しんでくるつもりだ。

     

    我が家のお袋さまは大戦後に月島に住み、四ッ谷の職場まで通っていた。

    帰りに祖父母がやっていたお店に寄って、家族で歩いて勝鬨橋を渡って帰宅したと云う。

    なので、今でも古い銀座の街並みを懐かしんでいる。

    今の銀座の風景なんて想像も出来んだろう。

    私たちも今のうちに懐かしい風景を記憶にとどめておくべきなんだろうね。

     

     

    | じじいの独り言 | 09:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
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