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<< 恋愛の難しさ | main | 2018年05月10日のつぶやき >>
努力しないで得られるもの
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    JUGEMテーマ:つぶやき。

    こんにちはikeです

    私はほとんど努力もせず、ダラダラと自分の悪運を頼りに生きてきた。

    それでも一時的とは云え、そこそこの贅沢は出来たし、かなりDeepな社会の裏側も知ることが出来たと思う。

    別にこの程度で満足している訳では無いが、それでも努力と成果の比率で考えれば、この結果に文句なんて言えるわけが無い。

    0にはどんなファクターを掛けても0なのである。

    つまり、努力0の人間は、どんな幸運に恵まれても成果は0で当然だという事なのだ。

    だが…私は努力0の割にはそれなりの成果を得ているのである。

     

    私はごく普通の公務員家庭に育ち少年期に道を踏み外して現在に至るが、その結果はアロハ屋のオヤジである。

    それが良いとか悪いとかではなく、単に結果としてそうなっただけの事だ。

    趣味を仕事にするならば、別に飲み屋のオヤジになっても良かったが、それでは体が持たんと思う。

    私は意思が弱いので、目の前に酒があれば好き勝手に飲んでしまうだろう。

    私は過去にこんな性格を恨んだものだが、自分の性格は変えられないもんだ。

    たぶん、私にはそんな放蕩児としての血が流れているに違いない。

    こんな事を書くとご先祖さまは怒り狂うだろうけど、実際のところ我が家の家系には放蕩児が多いと思う。

    放蕩と怠け癖はまったく違う行為だが、その根底は似たようなもんかも知れん。

    私なんぞは放蕩をするほどの資産も無いけど、少なくとも遊び呆けるという部分ではご先祖さまに恥じない活躍をしていると思う。

    ただ、我が家のご先祖さまは放蕩をしながらも、そこそこの社会的地位を得ている。

    私との決定的な違いはそこなのである。

    努力しようがするまいがそんなものは関係ないが、私が得たものはアロハ屋というポジションなのだ。

    そして、多少の贅沢を経験した程度なのだと思う。

    まだ私の人生は途中経過ではあるが、私は努力/成果の比率で云えば奇跡的にプラスになっている。

    だが、少しの努力があれば、もっと大きな快楽が得られたのだろう。

    多少は後悔する部分もあるが、そんなに欲をかいても仕方がない。

    結局はこれで良かったのだと思う。

    だいたいが、努力なんて行為はあさましい欲望の発露であろう。

    私にはそんな欲は無いし、仮にあってもその欲を持続させられないと思う。

    努力無くしてこの結果なら満足せにゃならんのだろうね。

     

    人間という生き物は、欲に駈られてつまらん努力をするが、それが良い結果を招くとは限らない。

    それは誰しもわかっているはずで、世間には「無欲の勝利」なんて言い方もある。

    私も無欲で在りたいが、それもなかなか難しいもんだと思う。

    だが、私は欲をかいて余計な努力をするほどバカじゃない。

    そこまで私はアホな人間ではないのである。

     

     

    | じじいの独り言 | 11:51 | comments(0) | trackbacks(0) |
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