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足りない頭で考えるより
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    JUGEMテーマ:つぶやき。

    こんにちはikeです

    仏教の世界には因果律という考え方が存在するが、これはけっこう複雑なもんだと思う。

    必ずしも善因が善果を生むわけでもないのである。

    まぁ、自分が善いと思って行った事が必ずしも正しいとは限らんし、仮に正しくともそれが良い結果をもたらす保証は無い。

    ならば、私たちのような一般レベルの人間は、足りない頭で考えない方が良いのかも知れん。

    そうは思っても、人間と云う生き物は悪あがきをするんだよな。

     

    私たちには過去と現在という2つの時世が存在するのだが、現在とは過去の集大成である。

    そして、その現在も刻一刻と過去に変わっていくわけだ。

    つまり、未来なんてものは存在しないのである。

    私たちはただ漠然とした未来を信じているが、結局のところ、未来とは現在の延長なんだろう。

    さて、私たちは誰もが過去に引きずられながらも、現在を生きている。

    その意味では因果律は確かに機能していると思う。

    つまり、私たちの現在の姿とは自分が過去に行ったすべての行為の結果なのである。

    そこには無駄な事は1つも無い。

    無駄な事、余計な事、私たちが勝手にそう思っているものでさえ、現在を構成する小さな歯車になっているのである。

    私たちは過去を後悔してばかりいるが、それは明らかに間違っていると思う。

    つまり、自分にとって無駄だと思った行為ですら、周囲に対して何かしらの影響を及ぼしているのだ。

    そんな周囲の行動が自分に返ってくるわけである。

    そして、これは非常に不条理な話であるが、善い行いが必ずしも良い結果をもたらす訳でもない。

    まぁ悪い事をするよりはマシだと思うが、善い行いをしたからと云って、良い結果を期待してはイカンのである。

    善かれ悪かれ、自分の行った行為に対しては何かしらの結果が発生する。

    だが、それが自分に対しては良い結果をもたらすわけではないのである。

    まぁ、やっちまった事はどうにもならんわけだ。

    そして、その行動の結果は間違いなく自分に返ってくる。

    ならば、自分の過去をすべて肯定し、起こった事を受け入れるべきである。

    起こってしまった事はすべて良い事なのである。

     

    自分の行為が原因になり何かが起こるなら、何もしないと云う選択もあり得る。

    だが、それは何もしないと云う行為をしているのである。

    確かに何かをするよりはマシなのかも知れないが、それでも結果は間違いなく出る。

    現在の自分の姿を考えてみると、そんなに悪いもんじゃない。

    つまり…私は足りない頭で考えるより、その場の流れに上手く乗っているのだろうね。

     

     

    | じじいの独り言 | 08:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
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