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フリ−ランスになるには?
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    JUGEMテーマ:つぶやき。

    こんにちはikeです

    私はずいぶん長いことリーマン生活を送っていたが、どんなにひどい二日酔いでも遅刻はしなかった。

    こんな事は当然なんだけど、自分としてはかなりしんどい生活を送っていたわけだ。

    それが今では通勤ラッシュの電車にも乗らずに済み、好き勝手な生活が送れるようになった。

    そりゃ不安定な生活だけど、すべてを自分のペースで決められるのがいい。

    その代わりっちゃなんだけど・・・収入の面ではリ−マン時代の方が良かったのかも知れんよな(笑)

     

    私はリ−マン時代の最後の数年は管理職の端くれとして働いていたのだが、その当時はそこそこ会社も儲かっていたし、私も人並みな給料をもらっていた。

    私は貯金なんて出来るタイプじゃないけど、その時期に家のロ−ンくらいは返済してしまった。

    私がサッサとリ−マン生活に見切りを付けられたのはそのせいもあったと思う。

    借金さえなければ、喰ってくだけならどうにかなると思っていたからだ。

    実際のところ、贅沢は出来んが飯くらいは喰えているし、たまには大酒も飲める。

    この生活が維持出来るなら、無理してリ−マン生活を送る意味が無いわけである。

    だが、この自由な生活にも当然ながら不確定要素は存在する。

    フリ−ランスの生活には何も保障が無いわけで、体を壊せばこの生活も一発で崩壊するわけだ。

    そこでポックリ逝ってしまえばそれまでなんだけど、長患いなんかをしたら困ってしまうのである(笑)

    そう考えてみると、やはりフリ−ランスになるなら健康で若い方がいいし、家のロ−ンなんかが残っていたらダメだと思う。

    この2つ条件が揃えば最高に自由な生活が保障されるのだろう。

    私の場合48歳でリ−マン生活を卒業したわけだが、これは些か遅かったわけである。

    可能であれば、元気な盛りの30代で独立するべきだったんだよな。

    まぁ、今さらそんなことを言っても手遅れだが、少しは健康に留意するべきなんだろうね。

    それから精神的な部分では、贅沢を望む気持ちを抑える事が大事だと思う。

    変な欲が出ると、人間って生き物はバランスを崩したりするもんだ。

    私は基本的にギャンブル体質なわけで、常にボロ儲けを狙っているから困るのである(笑)

    それが当たればいいけど、最近では年相応に博打念力も弱くなっている。

    元気な盛りの頃の認識でギャンブルに手を出しても勝てるわけが無い。

    私の場合は・・・健康に留意するよりも、賭博的な性格を抑える方が大事なんだろうな。

     

    リ−マン時代に比べると私は精神的に豊かになったと思うけど、逆に不確定要素を抱えてしまったと思う。

    まぁ、どんな生活をしていようと、体を壊したら生活なんて破綻するもんだ。

    肝臓の弱い広告屋なんて仕事にならんだろうし、広告屋に限らずひ弱なリ−マンなんて使い物にならんのである。

    そう考えれば、フリ−ランスだろうがリ−マンだろうが一緒なんだよね。

    ただ、フリ−ランスにはセ−フティ−ネットが無いけれど(笑)

     

     

    | じじいの独り言 | 11:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
    2018年02月19日のつぶやき
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      11:34
      若い頃の飲み方 https://t.co/g41BzX8JsC #jugem_blog
      | じじいの独り言 | 03:00 | - | - |
      若い頃の飲み方
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        JUGEMテーマ:つぶやき。

        こんにちはikeです

        私はこの年になっても若い頃と同じペースで酒を飲んで居るのだが、実際のところ惰性で飲んで居るだけで、若い頃とは酒を飲む意味が違ってしまったと思う。

        若い頃は楽しむために飲み、やるせない思いを発散させるために飲んで居たはずだ。

        それが今では、少しは良い酒を飲めるようになり、能書きをたれながら酒を味わっているのだろうと思う。

        確かにそれも酒の飲み方の1つだとは思うが、根本的な部分では間違っていると思う。

        やはり、本当の酒とは・・・自分の感情を癒すためのものなんじゃないだろうか?

         

        私もそれなりに年を喰ったようで、最近は酒を飲むのでも「〇〇が飲みてぇ」とか生意気を言うようになってきた。

        ずいぶん偉くなったもんだが、本音の部分では、あまり安酒ばかり飲んで居ると恥ずかしいという気持ちがあるのだろう(笑)

        そんなこっちゃイカンと思うが、まぁ何を飲んでも酔うのは同じだと思う。

        少しはお世話になっているお店にも儲けてもらわなきゃならんよね。

        こんな気を使いながら飲んでも実は美味くないのだが、私もそんな年代になったのだろうと思う。

        若い頃は、その点では気楽なもんで、お金なんて持っていなくて当たり前なのである。

        それこそ小銭を握りしめて居酒屋の暖簾をくぐったりしたもんだ。

        バイト代が入って懐が暖かければ青山辺りに繰り出して飲んだけど、そんな時は緊張したもんである。

        まぁ、誰もがそんな背伸びをしながらオッサンになっていくんだろうね(笑)

        私はそうやって少しずつ酒の味を覚えたのだが、逆にそんな飲み方をしながら酒の楽しみを失っていったのだ。

        若い頃の無茶苦茶な飲み方の方が楽しいし、ある意味ではそれが本質的な酒の味なんだと思う。

        多少の味覚やスマートなマナーを覚えたとしても、失うものの方が大きかったのではなかろうか?

        最近になって、私はそう思うようになってきた。

        なまじな大人は子供をバカにするが、それは子供の感性に嫉妬しているのかも知れん。

        そりゃ子供のままではイカンだろうが、その本質的な素晴らしさまで否定するのはどうかと思うのである。

        味覚云々を言うのなら、酒じゃなくてもいいはずだ。

        もちろん酒にだってそれなりの味覚はあるけど、それ楽しむなら自宅で飲めばいいだけである。

        外で飲むなら、別の意味での酒の楽しさを味わった方がいいのではなかろうか?

        まぁ、飲み方なんて人それぞれでいいのであるが・・・

         

        私はバカ酒を飲むたびに、本質的な喜びを感じる。

        いい年こいたオッサンのやる事じゃないと思うけど、これが自分なりの楽しみ方なんだから仕方がないと思う。

        まぁ、周囲に迷惑をかけなきゃそれでいい。

        私はいつまで経っても子供のままなのかも知れんな。

        それが良いのか悪いのかはわからんが、これだって酒の飲み方の1つであると私は信じているのだが・・・

         

         

         

         

        | じじいの独り言 | 11:33 | comments(0) | trackbacks(0) |
        私が生きる意味(笑)
        0

          JUGEMテーマ:つぶやき。

          こんにちはikeです

          私は常識では考えられないような出来事に何度か遭遇しているが、それが自分にとってプラスだったのかどうかはわからん。

          そんな出来事に因って、自分の進路が大きく変わってしまったのは事実なのであるが、その結果として私はアロハ屋のオヤジになっている。

          もし、この世の中に神が存在するのなら、ずいぶん手の込んだプログラムを組んでこの世にアロハ屋なんて商売を誕生させたと思うね。

          まぁ、私の存在なんてそんなもんなんだろう。

          そして、これからも私は流されながらも、何かに向かって進んでいくんだろうな。

           

          ふと思えば、私は何かになろうと努力した記憶がない。

          何故かいつの間にか何かになっているだけなのである。

          それでも、その途中経過ではそれなりに悩んだりするのだが、そんな努力は意味がなかったと思う。

          あの永遠のように長かった小学校の6年間や、リーマン時代の25年間にも、私はたいした努力もしていなかった筈だ。

          特にリーマン時代の25年間には酒を飲んで博打に入れ込んでいただけだである。

          確かに酒は強くなったし、博打は上手くなった。

          だが、単にそれだけの事で、それには何の意味もなかったわけだ。

          そして、いつの間にか私はアロハ屋になっている。

          まったく何をしているかのか自分でもわからんが、それでも私は社会の一部として機能しているわけだ。

          そう考えると私の存在もそれなりの意味があるのかもしれんと思う。

          つまり、私が主役になって何かをしなくても、私が何かをする事に因って、それなりの影響が発生するのかも知れない。

          例えば、このブログを読んで何か怒りを感じる若者が居るかも知れんだろう。

          こんな怠け者が偉そうな能書きをこいていたら、純粋な若者は怒りを感じるに違いない(笑)

          そんな小さな影響があってもおかしくないわけである。

          別に私は自分のやりたいようにやるだけだし、そんな影響なんて気にもしないが、私が生きている意味は自分ではわからない。

          まぁ、棺桶に足を突っ込んではじめて自分の生きていた意味がわかるのだろう。

          それまでは私は流されながら、それでも自分らしく生き延びると思う。

          それが良いか悪いかはわからんけどね。

           

          私はこんな無茶な生活を送っているが、それでも五体満足で生きている。

          そして、アロハ屋なんて商売は無くてもいいが、それでも潰れずに法人は生き延びている。

          よくよく考えると、私は単に生かされているだけなかも知れんな。

          だからと言って、私はおとなしく暮らすつもりはない。

          ある意味では……私のやる事はすべてが正しいのかも知れんからである(笑)

           

           

          | じじいの独り言 | 09:20 | comments(0) | trackbacks(0) |
          2018年02月17日のつぶやき
          0
            09:59
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