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理性に従う方がいい?
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    JUGEMテーマ:つぶやき。

    こんにちはikeです

    最近は公私ともに打合せが増えてきて、忙しく飛び回っているが、そんな簡単に結果が出るなんて事は無い

    まったく先が見えない状況である。

    そんな状況を変えたいとは思うが、これもそんなに簡単なもんじゃない。

    別に無理してまで頑張る必要は無いのだが、かと言って、いつまでも現状維持じゃイカンだろうと思う。

    こんな時こそ行動パターンを代えて、普段と違う生活をするべきだよね。

    たぶん…私の脳味噌は刺激を欲しがっているのだろう。

     

    私の脳味噌は長いリーマン生活で劣化したようで、働くよりも快楽ばかり求めている。

    つまり、脳味噌の言い分としては「散々こき使ったのだから休ませろ」と云う事なんだろう。

    脳味噌は使えば使うほど活性化するらしいが、その例えは私には当てはまらないようである。

    ふと思えば、私がアロハ屋なんて呑気な商売を始めたのは、そんな脳味噌からの命令だったのかも知れんな。

    その意味するところは…「働くな!」と云う命令である。

    脳味噌にしてみれば「働くのは面倒くせーんだよ!」と言いたかったのだろう。

    これでは、どっちが主人かわからんな。

    私と云う人間の主体は当然ながら私なのだが、私の肉体には脳味噌が存在する。

    脳味噌が意味する機能とは理性ではあるまいか?と思う。

    つまり、私はリーマンとして働き過ぎ(??)だったのだろう。

    自分に向いていない仕事をするから、自分の脳味噌に過度な負担を強いていたわけだ。

    そんな残虐な主人に脳味噌が反逆したような気もするね。

    結論として、私は脳味噌の理性的な判断に従ってアロハ屋になった。

    そして、今では脳味噌も休養充分な状態になったのだろう。

    まったく勝手なもんだと思うが、私より多少は理性的なだけで、脳味噌なんて所詮はそんなもんである。

    これでは、私に主体性なんて無くなってしまうよね。

    まぁ、少なくとも私の脳味噌はやる気になっているのだろう。

    だからこそ刺激を欲しがっていると思う。

    別に私はどうでもいいのだが…

     

    私は自分の考えに忠実だと思うが、時には脳味噌の言い分に従う。

    脳味噌は少なくとも私よりは理性的な判断をするからである。

    私がアロハ屋になったのは正解だったし、私は過去に何度もピンチを切り抜けてきた。

    私は自分の考えよりも、脳味噌の命令に従った方がいいのかも知れんな。

    それじゃ自分の主体性が無くなってしまうのだが。

     

     

    | じじいの独り言 | 07:07 | comments(2) | trackbacks(0) |
    くよくよするなよ
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      JUGEMテーマ:つぶやき。

      こんにちはikeです

      私たちは誰しも平凡な生活を送っているが、そんな慎ましい日常は、ふとしたきっかけで変わるもんだ。

      私は若い頃からローラーコースターに乗っているような変化の激しい生活を送っているが、そんな私でも、何かが変わる瞬間にはビックリする。

      本当に予期せぬ出来事はいくらでも起きるもんだ。

      まぁ、何かが起きるのは仕方ない。

      起きる事は起きるのである。

       

      私たちは、基本的に何も起きないという前提で日常生活を送っている。

      それが良いか悪いかは別にして、私たちが想像出来る範囲の未来なんてたいしたもんじゃない。

      実際には、明日にでも大地震が起きるかも知れないし、突然に金融恐慌が起きるかも知れん。

      もちろん、悪いことばかりじゃなく、嬉しいハプニングだっていくらでも起きるだろう。

      突然に飛び込んでくる朗報なんていくらでも在るのだ。

      私たちが想像する未来は基本的に自分の出来る範囲に限られる。

      つまり、外界からの影響は何も考えられないのである。

      通勤電車で通り魔に遭遇するなんて悪夢は、当然ながら誰も考えないだろう。

      だが、世の中にはそんな出来事なんていくらでも存在する。

      だからと言って、すべてのトラブルを想定したら何も出来なくなってしまうだろう。

      そこで、私たちはどうすれば良いかと云えば対策は2つ在ると思う。

      1つは、自分で出来る範囲の努力をする方法だ。

      もう1つは、何もしないで自分の運に任せる方法である。

      私は常に後者を選択している。

      その結果として現在の私が在るのだが、この結果が良かったのか悪かったのかはわからん

      何も努力しなかったために、それなりのトラブルには遭遇したが、私は何とか切り抜けてきた。

      たぶん、これからも似たような場面に遭遇するだろう。

      だが、どうにかなるもんだと私はたかを括っている。

      今まで何度もピンチを切り抜けてきたのだから、そんな経験が私のキャリアになっているのだ。

      余計な心配をしても…どうにもならんのである。

       

      私たちは普通に暮らしているだけでも、数多くのリスクに直面している。

      だが、それを避けてばかりじゃ面白くない。

      常に悪い事ばかりが起こるわけじゃないからだ。

      私は良いハプニングも最悪のトラブルも両方とも甘んじて受けるつもりだ。

      普通に暮らしているだけじゃ面白くないからである。

       

       

      | じじいの独り言 | 07:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
      変態チックな探究心
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        JUGEMテーマ:つぶやき。

        こんにちはikeです

        私はあまり粋な男ではないようで、喰い道楽なんぞとは縁がない

        この時期であれば、谷中生姜や空豆があれば酒の肴はそれだけでいいのである。

        どちらかと云えば、私は昔の味覚を引きずっているのだろうし、今ではサッパリした食べ物の方がありがたいと思う。

        世の中にはいくらでも美味いものは存在するけれど、そのすべてを味わう事は不可能であろう。

        ならば、私は今のままで充分満足しているわけで、これ以上の美味を知っても意味がないのである。

         

        さて、私が美味いものを食べるなら、その料理以外にも注意したい要素がある。

        何を食べるか?と云う事よりも、それを美味しく食べられる状況を整える方が大事なのだと思う。

        仲間同士でワイワイやりながら喰うのもいいもんだが、私は食事と云う事であれば、静かに独りで美味を味わいたいと思う。

        美味を味わうなら、その場に居るのは精々が2人までがいい。

        食事と云う行為は非常に恥ずかしいもので、私は誰にも視られずに楽しみたいのである。

        だが、自分の味覚だけでは判断出来ん場合も在るわけで、その際にアドバイスを必要とするかも知れん。

        それを頼める人が居るならば、一緒に美味を探究するのは仕方ないところである。

        この場合は、相手が別に美女でなくともいい。

        喰い慣れた谷中生姜や空豆なら、私は誰と喰っても楽しめるが、慣れない美味はいくらでも在る。

        その類いの食べ物は、先ず自分独りで喰ってみたいものだ。

        塩味、醤油味、味噌味など、色々と試して、食材の本質を探りたいと思う。

        こう書くと、自分が変態チックなオッサンに思えてくるから嫌なんだけど、これは偽らざる本音である。

        そこまで苦労して辿り着いた美味は素晴らしいもんだが、私はもう楽をしたいのである。

        普通に美味いモノを普通に喰いたい。

        些か野暮ったいけど、鯵の叩きやカマスの開きに涙したり、銘柄なんて気にせずに程よく冷えたビールを飲みたいね。

        これなら変態チックな思いをしないでも済むわけだ。

        私には……今が旬の鱧なんて2年に1度で充分なのである。

         

        私は食い物に関しての能書きなんて何も無いのだが、酒に関しては生意気を言う時がある。

        酒はいつでも何処でも楽しめるもんだ。

        なので、誰とでも気楽に味わえるわけである。

        変態チックな探究心なんて必要ないし、正直に好き嫌いを言えばいい。

        ガンガン飲んで酔っ払った方が偉いのである。

         

         

        | じじいの独り言 | 07:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
        2018年06月16日のつぶやき
        0
          09:35
          最後の宴会世代 https://t.co/3b76i69Cih #jugem_blog
          | じじいの独り言 | 03:00 | - | - |
          最後の宴会世代
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            JUGEMテーマ:つぶやき。

            こんにちはikeです

            昨日から梅雨空が続いているが、本日は浮き世の義理で、真っ昼間から酒を飲みに行かなきゃならん。

            どうせ家に居ても冴えない気分で過ごすだけだし、多少でも気分転換になるのならと思って、雨の中を出掛ける事にした。

            それで何か新しいアイデアが浮かぶなら安いもんである。

            そんな訳で、本日は美女の手造りの肴を喰いながら飲みまくってくるつもりだ。

            美女と差し向かいなら酒もすすむのだが、どうせ鼻の下を伸ばしたオッサンどもも呼ばれているだろうから、私は地味に楽しませてもらう予定である。

             

            私は宴席での座持ちが良いらしく、飲み会にお呼ばれする事が多い。

            別に何をするわけでもなく、ただひたすら酒を飲みまくり、与太話をしてバカ笑いするだけなのである。

            それでお座敷がかかるなら、お安い御用なのである。

            まぁ、私は飲み方や食事のマナーはしっかりしているし、その意味では宴会のサクラとしては無難なんだと思う。

            これは花街の宴会芸人の世界で云えば「太鼓持ち」や「幇間」みたいなもんなのであろう。

            旦那衆の機嫌を取って、その場を盛り上げるための芸人なのである。

            まぁ、私はそこまでやらんけど、少なくともその場の会話についていくくらいは出来ると思う。

            なので、私は宴会にお呼ばれする事が多いのだろう。

            私は若い頃に、ずいぶん渡世の先輩方に鍛えられたから、そんなマナーが自然と身についてしまったと思う。

            飲み食いもキレイだし、その場の空気を読むからね。

            なので、年を喰った今でもそんな習慣が残っているのだと思う。

            私は宴席にお呼ばれしたら、先ず爺さまや先輩方に挨拶をしてから飲み始める。

            いろいろなお話にお付き合いもするし、適当にその場を盛り上げたりもする。

            つまり、そこまでは若い(???)私の義務なのである。

            それを済ませてしまえば、後は自分のペースで飲みまくればいいだけだ。

            つまり、そこからは自分の時間であって、好き勝手に楽しめるわけである。

            これなら誰にも文句も言わせないで楽しめるじゃないか。

            私は自分の先輩方のように後輩にそんな宴会のマナーを教える事が出来んけど、その代わりに若者たちに説教もこかない。

            もう、そんな宴会のマナーなんて時代遅れなのである。

            そんなマナーは私たちの世代で終わりにした方が良いと思っているからなのである。

             

            私を鍛えた先輩方は、私のためを思ってそんな小難しいマナーを教え込んだのだろうが、今ではそんなマナーなんて時代遅れもいいとこだ。

            だが、それが身についてしまった私の世代までは、先輩方のルールでお付き合いするしかない。

            もう、こんな面倒な縁かいなんて流行らんし、どうせ覚えるなら洒落た洋風のパーティーマナーの方がいいと思う。

            これなら世界中で通用するし、これからはそんなパーティーが主流になっていくだろう。

            私たちは・・・宴会世代のアンカーで、もうバトンを渡す相手が居ないのである。

             

             

            | じじいの独り言 | 09:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
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